2019年04月23日

平成メモリアル その2

過去のことは変えられないから、後ろを向いたって何も生まれないのだけど、「懐かしい」という感情は、時に必要のような気がしています。過去に頑張っていた自分に会えるような気もする。年をとったのか、若い時に頑張っていた自分をなでなでしてあげたい、と思うのでした。

そんなわけで、自分中心でまとまりない文章で申し訳無いのですが、平成の記憶を留めておきます

平成と私。
平成元年は、受験が終わって中学を卒業する頃でした。昭和天皇崩御のニュースをテレビで拝見して、呆然とした記憶があります。

平成の前半は、勉学に励んでおりました。私の今現実大事な人との関わりは、平成の前半にほとんど出会いがありました。

特に大学では、初めて息の合う友人と出会えてホッとしました。
出来立てだった所沢校舎が平成の終わりに閉鎖されたのも、感慨深いです。

平成9年以降は社会人になりました。就職氷河期でした。「日大」という経歴だけで、面接もしてもらえなかった時代です。合同会社説明会に、紺色のスーツを着た学生の人だかりの凄さに圧倒されました。あの時に就職した友人を尊敬します。
私はその人だかりの中で、「これは無理だ。そうだ、バレエを教える仕事に就こう」と思い立ちましたその時に電気が走ったような感覚は忘れられません。人間、窮地に追い込まれた時に思うことは、終生忘れないのではないかと思います。
アルバイトもみつかり、楽ではありませんでしたが(休日なし。祝日だけはお休み。ひたすら寝てた記憶が。笑)仕事をしながらバレエを続けることが出来ました。一人暮らしで、奨学金を返しつつでしたので不安かといえばそうだったかもですが、とてもよいアルバイト先で、お金に困る思いはせずに来れました。有り難いその時に出会った方々も本当に大事なお友達です。大変な時期を共に過ごした人たち、というのは格別ですね

そのうちに主人と結婚して、しばらくは同じ生活をしておりました。江古田に住み続けました。良い街でした。私の中で、平成というと、江古田が大事なキーワードであります。

主人の実家からバレエスタジオをやってみないかとお話を頂いたのが、平成13年ごろ。ありがたく、実家にいろいろとお世話になりながら、「ゆりのきバレエスタジオ」創設に至りました。(スタジオのことは、「平成メモリアル その1」http://yurinokiballet.seesaa.net/article/465296214.htmlに書いてみました)

平成20年以降は、子育て奮闘。これにつきます。
私は子育てを甘く見ていた、世の中のお母さんたちごめんなさい、と強く思いました。笑。一つの命を責任を持って預かるという事の重責。さらに、見えない労力の多い事!この時のおかげで、用事を速やかに終わらす術を手に入れたように思います。大変だったよー。笑笑。
おっと!愛犬も居ました!平成の我が家の思い出に欠かせない、もと愛犬すぴ。彼の存在は大きかった。私の大きな心の拠り所でした。

こうして思い出を綴ると。人との繋がりが大事なんだー、と思いました。

令和はどんな方々と一緒に過ごすことになるのでしょうか。楽しみです
そして、今まで、闇雲にがむしゃらにただただ前進することをしていました。これからも、それで大丈夫なんだよな、と思うのでありました。

ダラダラっと自分の思い出を失礼しました読んで頂きありがとうございます。


もう少し落ち着いたら、愛犬とまた過ごしたいな、なんて思います。令和に愛犬を迎えられるといいなぁ。

さてさて、シメは、この方で。

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昔、私の誕生日に友人が贈ってくれたケーキについていた、「バレリーナすぴ」と「すぴ」。スタジオで踊る生徒さんをじっと見ていたすぴ。実は踊りたかったのではないかと、飼い主は思っているのでした。

平成があと8日
心の準備は、出来ている???

今日も良い一日を!




posted by 嘉本京子 at 10:03| Comment(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする