2024年07月25日

アインシュタインのお手紙

 つい、うっかり、「あつい〜」と口から出てしまいます。
 言っても涼しくならないのに、うっかり出ちゃいます。

 こうなったのは、誰のせいかな?
 という内省がない私たち。このまま、どんどん酷くなるのかもしれない。でも仕方ない。一周回って「あつい〜」と口走ります。

 大好きなピアニスト角野隼斗さんが、秋にアルバムを出されます。
 その収録曲に『Intertesller』という映画の主題曲「Day One」があります。

 2014年(すぴが他界した年。。)の映画です。

 見てみることにしました。AmazonPrimeで見れます。

 衝撃。私たちの近未来の様子かもしれない、作物が育たない地球がそこにありました。
 映画を見てないかたもいらっしゃると思うのでネタバレのないように、内容についてはここまで。

 見た後に、思い出したのが、アインシュタインが娘さんに残したお手紙のこと。
 インターネットに出回っていて、もうどなたが訳されたのかがわからない文章ではありますが、そのまま転載させていただきます



私が相対性理論を提案したとき、ごく少数の者しか私を理解しなかったが、私が人類に伝えるために今明かそうとしているものも、世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。

必要に応じて何年でも何十年でも、私が下記に説明することを社会が受け容れられるほど進歩するまで、お前に、この手紙を守ってもらいたい。

現段階では、科学がその正式な説明を発見していない、ある極めて強力な力がある。

それは他のすべてを含み、かつ支配する力であり、宇宙で作用しているどんな現象の背後にも存在し、しかも私たちによってまだ特定されていない。


この宇宙的な力は、愛だ。


科学者が宇宙の統一理論を予期したとき、彼らはこの最も強力な見知らぬ力を忘れた。


愛は光だ。

それは愛を与えかつ受け取る者を啓発する。


愛は引力だ。

なぜならある人々が別の人々に惹きつけられるようにするからだ。


愛は力だ。

なぜならそれは私たちが持つ最善のものを増殖させ、人類が盲目の身勝手さのなかで絶滅するのを許さないからだ。


愛は展開し、開示する。


愛のために私たちは生き、また死ぬ。


愛は神であり、神は愛だ。


この力は、あらゆるものを説明し、生命に意味を与える。

これこそが、私たちがあまりにも長く無視してきた変数だ。

それは恐らく、愛こそが人間が意志で駆動することを学んでいない、宇宙のなかの唯一のエネルギーであるため、私たちが愛を恐れているからだろう


愛に視認性を与るため、私は自分の最も有名な方程式で単純な代用品を作った。

「E=mc2」の代わりに、私たちは次のことを承認する。

世界を癒すエネルギーは、光速の2乗で増殖する愛によって獲得することができ、愛には限界がないため、愛こそが存在する最大の力であるという結論に至った、と。


私たちを裏切る結果に終わった、宇宙のほかの諸力の利用と制御に人類が失敗した今、私たちがほかの種類のエネルギーで自分たちを養うのは急を要する。


もし、私たちが自分たちの種の存続を望むなら、もし、私たちが生命の意味を発見するつもりなら、もし、私たちがこの世界と、そこに居住するすべての知覚存在を救いたいのなら、愛こそが唯一のその答えだ


おそらく、私たちにはまだ、この惑星を荒廃させる憎しみと身勝手さと貪欲を、完全に破壊できる強力な装置、愛の爆弾を作る準備はできていない。


しかし、それぞれの個人は自分のなかに小さな、しかし強力な愛の発電機を持っており、そのエネルギーは解放されるのを待っている。


私たちがこの宇宙的エネルギーを与え、かつ受け取ることを学ぶとき、愛しいリーゼル、私たちは愛がすべてに打ち勝ち、愛にはなにもかもすべてを超越する能力があることを確信しているだろう。

なぜなら、愛こそが生命の神髄(クイントエッセンス)だからだ


私は自分のハートの中にあるものを表現できなかったことを深く悔やんでおり、それが私の全人生を静かに打ちのめしてきた。

恐らく謝罪するには遅すぎるが、時間は相対的なのだから、私がお前を愛しており、お前のお陰で私が究極の答えに到達したことを、お前に告げる必要があるのだ。


お前の父親
アルベルト・アインシュタイン




 この暑さを前にして、人類の叡智の最高峰と思われる、アイン・シュタインが、緊急を要するとおっしゃられた重みを感じます。
 それが、机上で生まれたのでなく。
 ご自分の胸の中にあったこと、それに気づいたのはお嬢様への思いだったこと。

 どうか、気づいてくれ

 と必死で言われいるようなそうでないような。。。

 どうかこのお手紙に込められた思いが、人々の目覚めになりますように。

 今日は宇宙に彷徨います。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました


posted by 嘉本京子 at 08:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月24日

「dancing space 〜fuu〜」スタートします

 この間の発表会で踊らさせていただいた「ボレロ」。
 大好きな曲に、即興で踊ることをチャレンジいたしました。
 せっかくの大舞台で踊らせていただいたのに、自分ではあまりいい成果を出すことができずでございました。申し訳ありません。涙。

 そのリベンジをしたい。という気持ちと。。。
 即興で踊ることをチャレンジしているうちに、名曲に合わせて踊ったらどうなるだろう。。。

という二つの思いが合体し、踊りをライブ配信して見ることにしました。わー。
スタジオでひっそり(笑)踊るのを、ライブ配信してみます。

 ヨチヨチ歩きからスタートです。右も左もわからない状態なので、ツッコミどころが満載かと思いますが、応援していただけたら嬉しいです!!!

 また、モバイル配信(スマホのカメラを使用)するのにチャンネル登録者が50名必要とのことで、チャンネル登録してもらえると助かります!!

・日時 2024 7/27 (土)21:00〜
 ※今後は不定期で配信予定♪。土曜の21:00〜が基本です。

・配信チャンネルはこちら(pointing down)
dancing space 〜fuu〜


よろしければ、こちらのフォローもよろしくお願いします。
インスタ
https://www.instagram.com/dancingspacefuu/


今後も不定期で配信できたらいいな、と思っています。
そのうち、即興の腕があがったら(あがれ〜〜〜〜!!!)、みなさまのリクエスト曲に踊れたら。。。なんて夢の展望もあります。

土曜の夜に、よろしかったら覗きにいらしてください!!
きっといっぱいやらしますので、それもお楽しみに。うふ。

今日も好き1日を。
読んでいただきありがとうございました。
posted by 嘉本京子 at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月23日

見えないティアラ

 快晴、という言葉では物足りなく、酷暑、という見るからにやばそうな雰囲気を纏った漢字が似合うお日様パワー。
 でもね。お日様は変わっていないの。地球と、お日様の間にある何かが変わっているだけ。お日様は悪くない、ということを忘れたくないな、と思うのでした。悪いのは私たち人間かもしれない。多分、そう。。。


 昨日の幼稚園でのこと。
 幼稚園は夏休みですが、月曜はもともと振替休日や幼稚園の行事の振替休日のためお休みが多いので、夏休みでも練習をすることにしました。
 外は猛烈な暑さ。室内はありがたいことにクーラーがちゃんと効いていて広いホールでも涼しいのですが、やはり子供たちの体力は長続きしないものです。
 仕方がないので、楽しく、のんびりレッスン。皆、楽しくレッスンしてくれたように思います。
 いつもは「お首はキリンさんに負けないように!」とか「お腹が出ているバレリーナはいないわよーー」などと言って姿勢を良くするのですが、突然「見えないティアラ」を思いつきました。

 背筋をピンとして、マリーアントワネットのように、豪華なドレスを身にまといながら、素敵なティアラを頭に載せているかのように、みんなに魅せてみました。自分もびっくりするぐらい表現できて、みんなも「おおお〜」と感嘆してくれまして、瞬時に伝わりました。小さなお友達の頭に素敵なティアラが見えました。

 「みんなの頭にティアラが見えるわ!男の子も素敵な王子様になるのよ!」と男の子も「素敵な王子様」に反応します。僕の王子具合はどうかと聞かれましたので、「いいです、素敵な王子様ですよ!」と伝えたところ、鼻高々に得意げにしていました。かわいい。。。

 さて、このエピソードを大人の生徒さんにいたしまして、子供たちは素直にやってくれました〜チラっと皆さんに愛の視線を送りました。
 さすが、ゆりのきバレエスタジオの生徒さんは素直で素敵な方達で、皆さんの頭上にもティアラが見えました。

 うっかり忘れていると、床の上に落ちた100円を探すような姿勢に。

 ティアラ と 100円探し。

 ちょっとした意識の差で、雲泥の差が生まれる。
 ばかみたい。とおもうのは簡単だけれど、人間の意識をバカにするほど、もったいないことはないと思うのでした。
 子供の頃、空想の世界で充足した時間を送れた時のように、自分が作り出す意識の世界を大事に。。。そんなことを思う今日この頃。
 自分の意識は、誰にをも縛られることのない自由そのもの。こうでならねばならない、なんてことは本当は一つもこの世に無い。
 美しい自由。それを感じれる踊りの時間であるのでした。良い伴侶である音楽も見守ってくれます。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。
posted by 嘉本京子 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月22日

ジョルジュ・サンド考 「芸術家」と「苦悩」

 今日もジョルジュ・サンドの著書を抜粋させていただきます。

 ジョルジュ・サンドが生きた、革命の時代。世の中の重たい空気。サンドはその中でもがき苦しみ自分の道を見つけようとしていた。



 1833年というこの年は、私が舐め尽くしたと思っていたが、まだ始まりでしかなかった。現実的なそして深い心痛の連続が始まった年であった。私は芸術家になりたいと望んでいた、私はとうとうそれになっていた。私は長い間追求していた目的、私個人の生活の所有と到着したと想像していた。ところが私が予見してなかった鎖を私は足に纏ったところだったのだ。

 芸術家になること!そうです、私はそれを望んでいた。それは単に財産の大小にかかわらず、私たちをおぞましい、つまらぬ気苦労の循環に閉じ込める物質的牢獄から逃れるためのみではなくて、狭隘で、愚かしく、エゴイストで、卑怯で、そして田舎風の世論の支配から離れるためであった。また誤った、時代遅れの、傲慢で、残酷で、不敬虔で、馬鹿げた世間の偏見の外で生きるためであった。そしてまた、何にもまして、私は労働者たちの肩の上で、暇人として、無用のものとして、純重に暮らす主人の状態でいることに堪えられなかった私自身と仲直りをするためであった。もし私が土地を耕すことができたのなら、私はむしろ彼らと一緒に仕事をしたであろう。私の子供時代、デシャルトルが背中を向けていた時、私のまわりでぶつぶつ言っていた言葉、「あの人はわしらの汗を絞り取りたいのだ、満腹で、背中で腕組みをしているお人がね!」を聞くことよりもである。(中略)

 好みからだったら、私は文学的職業を選ばなかったであろう、ましてや有名になることなど。私は手の仕事によって暮らしたかった、ある程度の収入が私の労働の権利を保証するだけ十分実入りがあったならばである。というのは、私の遺産はあまりにわずかであるので、家庭の屋根の下、ーーーここには受け入れがたい状態が支配していたーーー以外で暮らすことはできなかったからである。私がそこを出る自由への唯一の障害は私に与えられるべきお金がないことであったので、私はわずかでもお金が必要であった。私はとうとうそれを得た。この面ではもはや避難も不満もなかった。
 できれば、私はあまり人に知られずに暮らすことを望んだであろう。そして『アンティアナ』から『ヴァランチーヌ』の出版までは、私はかなりよく匿名を守ることができた、新聞は私に「氏(ムッシュー)」の呼称をいつもつけていた。私はこの小さな成功が私の机上での生活を何も変えないし、私と同じように無名の人たちからなる内輪の仲間を変えることはないと満足していた。私がサン=ミシェル海岸に娘と落ち着いて以来、私は非常に引き込んで平静に暮らしていたので、生活を改善するとすれば、もう少し上る階段の少ない部屋と、もう少し暖炉に薪をくべられることが望みであった。(中略)
 私は私の自由を維持することができなかった。野次馬や、暇人たちや、あらゆる種類の物乞いから私のドアを守ることができなくなった。(中略)
 パリには芸術家たちの周辺に、長い間彼らを騙してきた組織化された物乞いがいた、そして芸術家たちは良心のため来によって犠牲になり続けている。それらの人々は貧困にあえぐ自称老芸術家たちと言われる人たちで、偽の署名でいっぱいの署名簿をもって戸口から戸口へと渡り歩いていた(中略)
 私はこうした興味深い貧困に騙されるほど単純ではない。しかし助けを要求する者のうちには、多くの本当の、不当に不幸な人々があったので、本物と偽物を見分けることは気が狂いそうな仕事であった。(中略)
 こうして私が追求してきた目標に到達するや否や、二重の幻滅が見えてきた。時間の使い方、収入の使い方という二つの形の独立を私は手に入れたと思ったが、それは腹立たしいそして絶え間ない束縛に変えられたのである。私の仕事が周辺の貧困の要求さgにいかに不十分であるかをみて、私は仕事の量を二倍、三倍、四倍にも増やした。仕事の量が過度である時がある。私は自分に必要な休息の、気晴らしの時間を、怠惰として、エゴイズムの自己満足として貶める時があった。生まれつき私は信念を過激に実践するので、私は長い間この強制労働の法則、そしてこの無限の慈善の法則によって支配されていた。ちょうど私がカトリックの思想によって支配されていた時期に、私が祈りと熟考に没頭するために、若者の喜びや遊びを自分に禁じていたようにである。(中略)

 私は以上のような確信を持って、私の芸術家としての人生を始めた。しかもそれは始まりでしかなかったのだ!私はこの一般的な不幸の問題を直視するや否や、私は恐怖で目眩を起こす�どだった。(中略)

 私の地平線がもっと広がった時、大きな社会の舞台のあらゆる悲しみ、あらゆる貧窮、あらゆる絶望、あらゆる悪徳が私に姿を現した時、すなわち私の思考がもはや私個人の運命を対象とするのでなく、私がその一原子でしかない世界の運命を対象とするようになった時、私の個人的絶望がすべての人たちの上に広がり、運命の法則が私の前にあまりに恐ろしく立ちふさがったので、私の理性は揺さぶられたのだった。

(「我が生涯の記」ジョルジュ・サンド 役:加藤節子 水声社)


 ジョルジュ・サンドの美しい心に映る、数々の悪徳。人間の悲しい性。貧困をたてにした悍ましい心。
 そこで、とことん戦い、戦い抜いた女性。
 見たことを見なかったことにせず、行動に移して、結果を受け取る。誰のせいにもせずに。

 すごいです。

 飛ばし読みしていました(文章が読みにくくて。。。)が、意を決して、ちゃんと読むことにします。キリっ。

 200年、という時間経過。
 人間はどう変わったのでしょうか。変わらないのでしょうか。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。
posted by 嘉本京子 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月21日

愛の海 のような ジョルジュ・サンド

 発表会が終わったらやりたいこと。
 その1そうじ
 その2そうじ
 その3片づけ
 。。。笑っちゃいましたか?!

 それだけではありまへん!!お気に入りの映画も見たいし、本も読みたい。

 気になっていた、ジョルジュ・サンドの自伝「我が生涯の記」。まだ飛ばし飛ばしですが読んでいます。
 感銘した文章がありました。
 第3巻。ショパンとの出会いの後に出てきます。




 諦めは私の性に合わない。それこそは、はるか遠い希望が混じっている陰気な悲しみの状態で、私の知らないものである。私はこうした状態を他の人々のうちに見たことがあるが、自分がそれを経験することは決してできなかった。明らかに、私の体質がそれを拒否する。私には、勇気を復活するには、絶対的な絶望がなければならない。自分に「すべてが駄目になった」と言い聞かせるまでに至った時にはじめて、私はすべてを受け入れることができる。この諦めという言葉そのものが私を苛立たせる、ということを私は認める。それについての私の考えは、間違っているのにせよ、正しいにせよ、それは、不幸な容赦ない論理から逃れようと望む、愚かな怠惰である。それは魂の軟弱さであって、自己本位に救いを求めるように仕向け、不正な打撃に対して無感覚になった背を向けることであり、われわれのこうむる悪のおぞましさ感じようとせず、それゆえにわれわれにそれを課する人たちに対する憐れみもなく、無気力にさせるのだ。完全に諦観を持った人たちは、人類に対する嫌悪と軽蔑に満ちているように思われる。彼らを押しつぶす岩を持ち上げる努力をもはやしないで、彼らは、すべてが岩であり、そして彼らのみが神の子であると自分に言い聞かせている。

 もう一つの解決法が私の前に現れた。すべてを憎悪も恨みもなく受けとること、しかし、すべてを信仰によって克服すること。この世において、私自身に対していかなる個人的な幸福の夢も、いかなる野心も持たず、だが他人の幸福のために多くの希望と努力をすること。
 これは私の性質に適用できる論理的に優れた結論と思われた。私は個人的な情念を持たないので、個人的な幸福なしに生きることができた。

 私は他人への愛情をもっていた、そしてこの本能を使いたいやむにやまれぬ欲求があった。私は愛するか、死ななくてはならなかった。自分自身がほとんど愛されず、あるいはよく愛されずに愛することは、それは不幸である。しかし人は不幸であっても生きることはできる。生きることを妨げるのは、それは自分固有の生命を使わないこと、あるいはその固有の生命の必要条件に反する使い方をすることである。

 この決意を前にして、私はそれに従う力を持つだろうかと自分に問うてみた。私は美徳にまで自分を高めることを夢見るほど自惚れていなかった。その上、お分かりのように、われわれが生きている懐疑主義の時代に会って、大きな見識が現れた。すなわち美徳とは、魂の中で作られる洞察力であり、真理を認識する能力そのものにすぎない。私は、私の信仰に従って、それに神の助けを付け加える。しかし神の救いを受け入れるにせよ、はねつけるにせよ、理性がわれわれに証明していることは、美徳とはわれわれの良心の中にある真理の姿の輝かしい結果である、それゆえに心や意思を支配する確信であるということだ。

 だから私用の語彙から、この美徳という、あまりに古代風な衣装をまとった傲慢な言葉を遠ざけて、私自身の中の確かさを熟視するということに満足する。それによって、私はかなり賢明に、と思うが、すでに得られた確実さを撤回しないこと、そしてこの確信に照らされた決定を維持するためには、エゴイズムがこの松明を消しに来るごとに、自分の中を熟視することしかないと言うことができる。

 この愚かしい人間のエゴイズムによって、私は動揺し、混乱し、あちらこちらと何度も引っ張られねばならなかったことは疑いない。というのは、魂はいつも目覚めて用心しているとは限らない。魂は眠りに陥り、夢見る。しかし現実を知って、すなわちエゴイズムによって幸せであることが不可能であることを知って、私は私の魂を揺さぶり目覚める力を持つことも、同様に疑いのないことのように思えた。

 このように大きな宗教的熱意と神への真実な心の躍動によって私の成算を検討した結果、私はとても平静さを感じた、そしてこの内面の平静さを私の生涯のその後ずっと保ち続けた。私がそれを揺らぐことなく、中断することなく、そして心弱くなることなく保ったというわけではない。私の肉体的平衡が時々私の意思の厳しさに押しつぶされた。しかし私はいつも私の思想の奥に、また私の生活の習慣の中に、確実に、意義もなく、再びそれを見出した。

 私はそれをとりわけ祈りを通して取り戻した。私は天に向かって投げられた、選ばれた言葉とか並べられた言葉を祈りとは呼ばない。そうではなくて知性の光明と無限の完徳の理想との無言との対話である。

(「我が生涯の記」ジョルジュ・サンド 役:加藤節子 水声社)



 絶望から見出す光。自分の胸のうちにある生きるエネルギーと美しい心。ただただ生かされることに感謝し神に捧げた人生。涙。

 他にも感銘を受けた文章があります。またご紹介します。
 サンドは絶望から立ち上がり、光となり、愛の海となったのだなと思いました。
 ご冥福を心からお祈りいたします。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。

posted by 嘉本京子 at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月20日

Welcome back♪ ゆりのきバレエスタジオへ

 発表会を開催すると、懐かしい方々にお会いできます。
 ご縁がある皆様。
 とはいえ、なかなかまたレッスン再開するのには勇気がいるかもしれません。

 気軽にレッスンが申し込めるにはどうしたらいいかなぁ。。。と思いまして、気軽に申し込める「申込フォーム」を作成しました。
 ちょっとレッスンしてみたいなぁ、どうしようかなぁ。。。なんて考えが浮かんできたら、ぜひこちらからお申し込みください!!


 ジュニアAクラス(水曜19:30〜21:00、土曜17:30〜19:00)も受講できることになりました。
 お仕事帰り、学校帰りに時間がありましたらぜひ!!!

 ある程度の年齢になると、運動の習慣がとても大事になります。本当です。
 運動の習慣がない時は、なかなか重い腰が上がらないものです。
 そこから一歩出て、習慣ができると、逆に、この習慣をなくす恐ろしさが沸くものです。

 ぜひ、そのフェーズに入っていただいて、最高の人生を送っていただきたい、と老婆心が余計なことを言います。
 体がゆうことを聞かなくなってからでは、その前にスタートしているのに比べて10倍もの労力がかかります。
 バレエは骨格を整える動きがたくさんあります。また、両腕をあげることが多いので、四十肩、五十肩と無縁になります。
 (腕を上げる動作のおかげで、肩周りの筋肉がほぐれ、リンパの流れも良くなります。)
 負荷は自分の体重だけですので、無理なく続けられると思います。
 あとは、音楽。情緒に働きかける音楽を聴くことで、深い癒しが得られます。美しい音楽の波動に体を預けることで、凝り固まっていた心と体が緩みます。

 バレエとのご縁を大切に。。。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。

posted by 嘉本京子 at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月19日

Leotard.Tokyoさんの 夢の展示会 開催!!!

 私(嘉本)の幼少のころは、レオタードは「色」と「生地」と「形」を選ぶだけでした。
 胸のところにちょっと寄せてシャーリングにしたり。
 憧れの先輩が着るレオタードが欲しくて。でも、そんなにお金がかけられないから、我慢して。。。

 それが、もう、今は、美しいレオタードで世の中は溢れています。
 さらには、自分に似合う1着が、世界で1枚作れる、という贅沢さ。。。。
 本当にありがたい。

 そして、それが、この上なく楽しい。迷う。迷走する。。。笑笑。

 そうです。Leotard.Tokyoさん。
 スタジオのミューズ、紀子先生のご縁で、すでにたくさんの生徒さんが自分だけのレオタード作成でお世話になっています。

 その代表であられる小田様もいらっしゃいます。アドバイスをその場でしてもらえます。やった!!!
 やってくるレオタードたちは200着。なんと、ダンボール7箱!!! 7箱ですよっ奥様!!

 当日は、お姫様になった気分で、レオタードのお花畑に埋もれてみてください。紀子先生、嘉本も同席します。埋もれます。笑笑。

 いつもはスマホやパソコンの画面でしか見れない生地を実際に見れるチャンス。たくさんの組み合わせを実際に見て、ご自分に似合うレオタード探しの一助にどうぞ!!!

 もちろん、スタジオ生徒さんでなくても参加OK!!
 まだバレエを始めていなくても、まずは形から。。。でレオタードを購入検討されている方も!
 初めてのレオタードは、記念のレオタードですね。。。ぜひLeotard.Tokyoさんで!!

 ぜひお待ちしています!

 なお、その場で購入できるレオタードもございますが、注文はLeotard.Tokyoさんのウェブサイトにて行います。まだ注文したことがない方は、ぜひこの機会に注文方法をゲットしてみてください。

 Leotard.Tokyoさんのインスタ♡


Leotard.Tokyoさんのインスタでのご紹介。
紀子先生と一緒に嘉本も。。。


(Leotard.Tokyoさんのインスタから転載)


さぁ🩷2024年夏の展示会開催です! 200点を越える最新作, ご覧頂けるチャンスです🩷
サンプルも多数ご用意…レオタード/スカート/TOPS, おサイズの確認, 気になる型のご試着, 色柄のご相談🤭
皆様の日頃のご不安に, 全て会場にてお応え申し上げます!

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

2024年7月28日(日) 11時OPEN 〜16時まで受付(17時閉場)

最寄駅:八千代中央 (東陽高速線)
場所:「ゆりのきバレエスタジオ」(駅徒歩7分)

🤍当日会場へはどなた様でもご入場頂けます!

毎回どちらの会場でも, 皆様 数時間…ずっと 手にとって📸撮影して頂いて…心ゆくまでご覧頂き 楽しんで頂いています🤩
✨「…帰りたくない夢のような世界」✨ 皆様のご来場 こちらの広い会場にてお待ちしています🤍

Leotard.Tokyo スタッフ一同より
*:.。Leotard.Tokyoご注文受付 .:*・*:.
170枚の布・5サイズ, 11型から選んで作る 37,000通りのカスタムレオタード。

お申込みは 弊社サイトまで🤍 

発売元:mode et needlers(株)



これは好き一日になるに違いない!!

読んでいただきありがとうございました!!

ゆりのきバレエスタジオインスタにも掲載しました♡

2024年07月18日

ダイビングするエンジェル

 つい先日のこと。
 発表会が終わると、ちょっと荒れたお部屋の中のお掃除タイムが増えます。

 あ〜〜ここもだ〜あそこもだ〜〜〜、とお部屋のお掃除。
 本当は、神社のような空間にしたいのでございました。ほど遠い。。。

 我が家は2階建てで、1Fがスタジオ。2Fが住居スペースになっています。
 2階の階段の手すりに、紀子先生がくださった天使ちゃんがいます。
 天使ちゃんは昔は5人いたのですが、2人行方不明になってしまい、今は3人です。

 天使ちゃんが佇んでるスペースをお掃除しました。
 みんないつもほったらかしでごめんね〜と思いながら、ふきふきしたら、「あーーー!!」と思った瞬間に手が滑ってしまい、一人の子が真っ逆さまに1階に落ちていってしまいました。「あ〜れ〜」という声が聞こえるようでした。涙。

 「ガチャーン」のような音が、静かな部屋に響きわたります。
 あ〜〜天使ちゃん、死んじゃった(割れちゃった)。
 天使ちゃん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。私がドジなばかりに。涙。

 恐る恐る、天使ちゃんを迎えに行きました。

 なんと、無事でした。。。なんで!?!?!
 どこにもクッションがなかったし、4Mぐらいはある高さからの落下。どこも欠けていませんでした。天使、恐るべし。


 ちょっと、ある計画があって(あと少ししたらご案内できると思います)そのために必要な機材を探すことになりました。
 あれ〜どこに置いたっけな。。。と、そういう機材をまとめて置いてある箱を取り出すことにしました。
 なかなか重みがある箱なんですが、棚の一番上に置いてあって、確実に昔に比べ筋力が落ちているおばちゃんなため、降ろす時に体が不安定に。。。
 ぎゃーやばいー重い箱が落ちる〜、と思った瞬間、「ガチャ〜ン」と、箱が落ちた音ではない音、が後方でしました。なんだ、何かが落ちたぞ!?!?!

 そうしたら、これまた天使の置物がゴロン、と落ちていました。こちらは、少し柔らかい椅子の上に落ちたので、セーフ。
 天使がどこから落ちたのかは不明。この子はどこにいたんだったっけ。。。

 15日が命日だった元愛犬のちょっとした祭壇を設けてる時でした。天使になった元愛犬、なんか言いたいのかしらん。

 というわけで、バンジージャンプ並みに、空間にダイビングした勇敢な天使ちゃんたちをご紹介します。


IMG_7855.jpeg

 めっちゃ楽しかった。今度は一緒にダイビングしよっ

 と言われているようなそうでないような。
 勇敢な天使ちゃんたちはその勇気をかわれて、今リビングテーブルに居ます。私がセカセカとパソコン作業するのを見ています。
 早くあそぼーよーーと言われているような、そうでないような。やっぱり元愛犬がやってきたか。すぴめ〜やりおるな。

 愛犬がいれば、心は癒されるだろうけれど、今は一緒に遊んであげられる時間がないかもです。すぴの「遊べ遊べ攻撃」懐かしい。。。何人ものぬいぐるみが犠牲になりましたが、ひっぱりごっこをしたのものです。お散歩もあんなに毎日行ったのになぁ。本当に懐かしい。
 今しばらくは、ペットちゃんは飼わないつもりです。どうしても足腰がやばくなったら、考えようと思っているのでした。歩くって本当に大事。

 というわけで、ちょっとした企画を今進めていまして、その準備のためブログ更新がちょっと疎かになるかもしれません。
 。。。が、また覗きに来てください。新しい企画、喜んでもらえたら嬉しいなぁと思っています。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。
posted by 嘉本京子 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月17日

委ねる

 今朝は少し曇り空の八千代です。
 いつの間にか、ホームパッドミニ(Apple謹製)のネットワーク環境が元に戻っていました。私のiPhoneと仲良くリンクしてくれるように!!
 目覚めの一曲は、こちらでした。


 武道館でも演奏された、角野隼斗さん演奏の曲でした。
 角野さんの演奏は魂がこもっているので、もう、他の演奏は聴けないのです。違和感が満載。
 この曲を生で聴けたことは一生の宝です。でも、もう自分の記憶力が限界に近づいていて、いろんな記憶がごちゃ混ぜになり始めています。号泣。

 でも、安心してください。テレビ放送ありますっ

9/1(日)放送・配信予定!!

あれ、予定、になっとる。予定が確定になりますように。。。皆様もぜひ!!!!歴史的な瞬間デス!!!



 今朝思っていたことは、「委ねる」ということでした。

 委ねる、という漢字。広大な海(女)に上手に身を預ける人間、という感じがしました。波乗りサーフィン!!

 サーフィンはやったことがないので想像するのみ、ですが。。。

 自分の軸(生きる目標、自分らしい生き方)を作り、それに伴ってしっかりとした体幹(コミュニケーション能力、精神力、忍耐力、継続する力)を鍛える。

 そうすれば、次の波を予想しながら(物事を俯瞰しながら)、今足元にある波に乗り続けることができる。ある時点でそれらが絶妙なハーモニーとなり、波と自分が一体化したような感覚がやってくる。美しいサーフィン。軽々とした感覚。自然の一部である自分を全肯定できる瞬間。

 その瞬間は一度たりとも同じだったことがない。大器免成。本物は完成することはない。常に変化の中に常在する。


 美しい自然の営み。女性らしい揺らぎに身を委ねる。


 この感覚は、人間にしか感じられないもの、神様にしか生み出せないものと思うけれど、どうだろう。。。


 しかし。もう一つ、美しいものがあって。

 明治神宮に行って思ったこと。神社の神秘的な美しさです。計算された、一つも狂いのない建物の構造。そこにも神様がいらして。それは男性的であるなぁ、なんて思いました。その神々とした美しさ、人々を黙らせる美しさ。ちょっと怖いな、と畏怖の気持ちを持たずにいられない美しさ。数学が美しいと思う感覚もこんなところ。AIは、この域で神様に出会えるかもしれないですね。

 この二つの美しさが合わさったらどうなるんだろう。。。

 フォーサイス(コンテンポラリーダンスのコリオグラファー)はこの域にチャレンジされた方のような気がします。。。どうだろう???

 そして「ボレロ」はそれができるかもしれない、なんて思うのでした。

 計算しつくされたシンプルな構成の音楽 +女性的な流動的な踊り=???

 あれ?身を委ねる、という話が別次元に到着。。。

 こうして、湧き上がる想いに身を委ねるのもいとおかし。

 そんな時間が持てることに感謝いたします(子育ての最中は無理でした!!だからこそわかるありがたみ!!)。

  自分をこのような思いに蹴り立てる、私に湧き上がってくる熱く温かいエネルギーに感謝します。


 今日も好き1日を💐

 読んでいただきありがとうございました


posted by 嘉本京子 at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月16日

10周忌

 昨日、7月15日は、元愛犬の命日でした。
 なんと、今年で10周忌。早い。。。

IMG_7845.jpeg
IMG_7844.jpeg

 紀子先生からお花をいただきました(ありがとうございます!!)。我が家からのお花と一緒にお供え。
 好物のサーターアンダギー。

 すぴが確か5歳ぐらいの頃、沖縄旅行から帰ってきた時にうっかりリビングテーブルの椅子をひいたままにしてしまい、テーブルの上にのっていたサーターアンダギーをすぴは全部平らげたのでした。よっぽど美味しかったのでしょう。一応、小さいサーターアンダギーで、通常のサイズの半分ぐらいだった、ということは彼の名誉のために付け加えておきましょう。。。

 食いしん坊で、ちょっとアンニュイ。猫みたいな性格のひとでした。
 人懐っこくて、生徒さんたちにも愛想を振りまいていました。
 必ず「かわいい〜♡」と構ってもらえるので、2Fから降りるのが大好き。隙あらば1階に降りようとしていました。

 私たちが踊りを踊っているのを興味津々でみていました。
 遊びで、巻きスカートをすぴに巻き付けたら、まんざらでもない様子で、嬉しそうにしていました。
 犬のお洋服は死ぬほど嫌がって、「この世の終わりだ」的にもだえるのに、です。笑。

 きっと自分は人間だと思っていて、私たちと一緒に踊りたかったんじゃないのかなぁ

 次は人間に生まれて、バレエを踊ろうと目論んでいるんじゃないか、と思っています。ね、すぴ。

 10年前の今頃。
 どうしてもあの世に行ってほしくなくて、お医者様に一生懸命通って、治療をしていました。
 もういよいよの時に。苦しそうに息をするすぴに「すぴ、ありがとう。もう私たちは大丈夫だよ。本当にありがとう」と伝えたら、安心したかのように息を引き取りました。
 私の忘れられない想い出の一つです。すぴ、ありがとう。

 今日も好き1日を。
 読んでいただきありがとうございました。



posted by 嘉本京子 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘉本のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする